大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)35号 判決

上告人

藤村梅猪

右訴訟代理人

横田聰

被上告人

高知市長

横山龍雄

右訴訟代理人

中平博文

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人横田聰の上告理由について

一(一)  憲法九四条は、「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、また、地方自治法一四条一項も、「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。これは、条例制定権の根拠であるとともに、その範囲と限界を定めたものである。したがつて、普通地方公共団体は、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されず、そのような法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例は、たとえ制定されても、条例としての効力を有しないものといわなければならない。

(二)  河川の管理について一般的な定めをした法律としては河川法があり、同法は、河川を、その公共性の強弱の度合に応じて、同法の適用がある一級河川及び二級河川(いわゆる適用河川)、同法の準用があるいわゆる準用河川並びに同法の適用も準用もないいわゆる普通河川に区分している。一級河川とは、国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定したものに係る河川で建設大臣が指定したものをいい(同法四条一項)、二級河川とは、右政令で指定された水系以外の水系で公共の利害に重要な関係があるものに係る河川で都道府県知事が指定したものをいい(同法五条一項)、準用河川とは、一級河川又は二級河川以外の河川で市町村長が指定したものをいい(同法一〇〇条)、普通河川とは、これらの指定を受けていない河川をいうのであるが、普通河川であつても、これを河川法の適用又は準用の対象とすることを必要とする事情が生じた場合には、いつでも適用河川又は準用河川として指定することにより同法の適用又は準用の対象とすることができる仕組みとなつている。このように、河川の管理について一般的な定めをした法律として河川法が存在すること、しかも、同法の適用も準用もない普通河川であつても、同法の定めるところと同程度の河川管理を行う必要が生じたときは、いつでも適用河川又は準用河川として指定することにより同法の適用又は準用の対象とする途が開かれていることにかんがみると、河川法は、普通河川については、適用河川又は準用河川に対する管理以上に強力な河川管理は施さない趣旨であると解されるから、普通地方公共団体が条例をもつて、普通河川の管理に関する定めをするについても(普通地方公共団体がこのような定めをすることができることは、地方自治法二条二項、同条三項二号、一四条一項により明らかである。)、河川法が適用河川等について定めるところ以上に強力な河川管理の定めをすることは、同法に違反し、許されないものといわなければならない。

ところで、河川法三条は、同法による河川管理の対象となる「河川」に含まれる堤防、護岸等の「河川管理施設」は、それが河川管理者以外の者の設置したものであるときは、当該施設を「河川管理施設」とすることについて、河川管理者が権原に基づき当該施設を管理する者の同意を得たものに限るものとしている。これは、河川管理者以外が設置した施設をそれが「河川管理施設」としての実体を備えているということだけで直ちに一方的に河川管理権に服せしめ、右施設を権原に基づき管理している者の権利を制限することは、財産権を保障した憲法二九条との関係で問題があることを考慮したことによるものと解される。このような河川法の規定及び趣旨に照らして考えれば、普通地方公共団体が、条例により、普通河川につき河川管理者以外の者が設置した堤防、護岸等の施設をその設置者等権原に基づき当該施設を管理する者の同意の有無にかかわらず河川管理権に服せしめることは、同法に違反し、許されないものといわざるをえない。

(三)  右の見地に立つて本件をみるのに、高知市普通河川等管理条例(以下「本件条例」という。)二条は、「この条例において「普通河川等」とは、河川法(昭和三十九年法律第百六十七号)の適用又は準用を受けない公共の用に供せられる河川、沼、ため池、ほり、水路及びみぞで市長の指定する区域をいい、公共の安全を保持し、又は公共の利益を増進するためこれらに設けられた堤防、護岸、水制、床留め、水門、閘門、樋管等の施設を含むものとする。」と定めている。右規定は、一見、堤防、護岸等の施設は、「普通河川等」の管理者である高知市長以外の者が設置したものであつても、権原に基づきこれを管理する者の同意の有無にかかわらず、当然に「普通河川等」に含まれるものとして、高知市長による河川管理の対象になるものとしているように解されないでもないが、もし右規定がそのような趣旨のものであるとすれば、それが河川法に違反するものであることは、先に述べたとおりである。しかしながら、条例の規定は可能な限り法律と調和しうるように合理的に解釈されるべきものであつて、この見地から前示の河川法の趣旨に即しこれと調和しうるよう本件条例の右規定を解釈すれば、右規定にいう「普通河川等」に含まれる堤防、護岸等の施設とは、河川管理者が設置したもの、又は河川管理者以外の者が設置したものであるときは河川管理者において当該施設を河川管理の対象とすることについて右設置者等権原に基づき当該施設を管理する者の同意を得たものをいうものと解するのが相当であり、同条例の規定中にかかる解釈を妨げるようなものは見当らない。したがつて、係争の堤防、護岸等の施設が右「普通河川等」に含まれる堤防、護岸等の施設にあたるというためには、当該施設が河川管理者の設置したものであるかどうか、もし河川管理者以外の者の設置したものであるとすれば、当該施設を河川管理の対象とすることについて、河川管理者が当該施設を権原に基づき管理している者の同意を得たかどうかを確定しなければならないものというべく、原判決が、右の点を確定することなく、本件土地は本件条例二条にいう「護岸」にあたり、本件河川の管理者である被上告人高知市長による河川管理の対象になると判断したのは、右規定の解釈適用を誤つたものといわなければならない。そして、原判決の右違法は、その結論に影響を及ぼすことが明らかである。

二また、本件条例二条にいう「護岸」とは、河岸又は堤防を保護する工作物をいうものと解するのが相当であつて、護岸によつて保護される河岸又は堤防とは区別されなければならない。

これを本件についてみるのに、原審の確定した事実によれば、本件土地は石垣とこれを支える背後地とからなるというのであるから、右石垣部分が本件条例二条にいう「護岸」にあたることは明らかであるが、右背後地部分は、右石垣によつて保護されるべき河岸であつて、右「護岸」にあたらないと解するのが相当である。それゆえ、本件土地は全体として右「護岸」にあたるとした原判決には、この点においても、右規定の解釈適用を誤つた違法があるものといわなければならず、その違法は、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

三よつて、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 戸田弘 中村治朗)

上告代理人横田聴の上告理由

原判決は左記のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり破棄さるべきである。

第一点 原判決は本件土地は、被上告人の河川管理条例にいう「護岸」であり、河川管理施設に該当し、被上告人の管理下にある旨判断している。

しかしながら現行河川法においては、私権の保護を計るため、河川管理施設については、河川管理者以外の者が設置した施設については、河川管理者が権限にもとづき当該施設を管理する者の同意を得たものに限り河川管理施設となし得る旨規定している(河川法第三条第二項但書)。

この趣旨は原判決引用の被上告人の条例には明記されていないが、条例をもつて法律以上の規制をなし得ないのは理の当然であり、その趣旨は当然条例の適用にも及ぶものである。

従つて本件護岸が被上告人の管理下にあるためには

1 河川所有者たる国が設置したもの

2 河川管理者であつた高知県、又は現管理者たる高知市が設置したもの

3 右以外の第三者が設置したものであれば、河川法第三条第二項但書にいう同意があることの何れかに該当することを必要とする。

従つて本件護岸の設置者が何人であるか、設置者が河川管理者以外の者であるならば、何時、如何なる方法でその同意が得られたか、を明白にせずして、河川管理施設に該当するか否かは判断出来ないものであるにも拘らず、原判決はこれ等の点につき何等の理由を示さず、本件土地が河川管理施設として当然被上告人の管理下にある旨判断しているのは理由不備の違法がある。

第二点 原判決は本件土地は石組及びその背後地として、河川第六条第一項第二号にいう河川管理施設の敷地であり、たとえ民有地であつても当然河川区域として被上告人の管理下にある旨判断している。

河川の護岸とは一般には水制とともに「河岸、堤防の浸食を防止し、同時に流向を規正するために設ける構築物」であつて、「護岸は直接堤防または河川を保護するもの」(山海堂刊、土木施工法構座9、河川構造物施工法、一一頁参照)とされている。これを要するに護岸とは堤防又は河岸に設けられる工作物そのものであつて、河川法第三条に於いても設置さるべき堤防と区別され、河川管理施設の一つに規定されている点よりみれば、その敷地とは工作物の設置されている直下の土地を指すものであつて、それ以上にその背後地まで含むものでないというべきである。原判決は護岸を小堤防と同一の如く理解しているものの如く、本来の護岸たる石組みに加え、その背後地は石組みと一体をなし護岸本来の効用を果すのであるから全体として一つの護岸であり、その敷地をなす土地の区域は河川管理施設の敷地と判断しているようであるけれども、上記のとおり護岸は構築物そのものであつて、原判決の言う如き背後地と一体をなす小堤防の如きものではない。又護岸はその背後地を河川の浸食より防止しひいては河川を保護しようとする構築物であるから、背後地が石組みを支えているものではなく、石組みによつて背後地を保護しているものというべきであり、原判決の論理は事柄の本末を転倒するものというべきである。

特に現行河川法はこれ等河川管理施設については私権の保護を配慮し、河川管理者以外の者の設置にかかるものについてはその同意をまつて管理施設とすることを定めており、右私権保護の趣旨よりみても、何等法律上の根拠もなく護岸に接する第三者所有地を河川管理施設の敷地として法の規制に服せしめるべき理由はない。

従つて原判決は河川の解釈を誤まつた違法がある。

仮りに原判決のいう如き護岸は石組みと背後地よりなるとの論理が許されるとするならば、敷地か否かの判断の前提として、石組以外の土地が、河川管理施設となるための第一点記載の各条件を充しているか否かを判断すべきであり、この点からみても原判決はその理由に不備又は齟齬の違法があるというべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例